ダークソウル3考察まとめ|世界観とエンディングの謎を徹底解説

ダークソウル3は2016年にフロム・ソフトウェアが手がけたアクションRPGであり、シリーズの完結作にふさわしい壮大な物語が詰め込まれています。

しかし、ストーリーはアイテムのフレーバーテキストやNPCの断片的なセリフから読み解く必要があり、一度クリアしただけではすべてを理解するのは難しいでしょう。

「火継ぎとは結局何だったのか」「エンディングはどれが正史なのか」「初代ダークソウルとの繋がりはどうなっているのか」といった疑問を持つプレイヤーは、発売から10年近く経った今でも後を絶ちません。

この記事では、世界観の根幹となる火と闇のサイクルから、5人の薪の王の背景、3種類のエンディングの意味、さらにはDLC「輪の都」が描いたシリーズの結末まで、ダークソウル3の考察を体系的に整理して解説していきます。

初代や前作をプレイした方はもちろん、ダークソウル3から入った方にとっても、物語を深く味わうための手がかりとなるはずです。

目次

ダークソウル3のストーリー考察で押さえるべき世界観の全体像

火と闇のサイクルとは何か?シリーズ根幹のテーマを理解する

ダークソウルシリーズの物語を貫く最大のテーマが、「火と闇のサイクル」です。

世界が始まる以前、すべては灰色の霧に包まれた「古い時代」でした。

そこには差異が存在せず、朽ちることのない古竜だけが岩と大樹の世界に君臨していたとされています。

やがて世界の底に「最初の火」が生じ、火によって熱と冷、生と死、そして光と闇という「差異」が生まれました。

闇の中から現れた存在たちが火の中に「王のソウル」を見出し、墓王ニトは死のソウルを、イザリスの魔女は生命のソウルを、太陽の光の王グウィンは光のソウルをそれぞれ手にしています。

そして第4のソウル、すなわち「ダークソウル」を見出したのが「誰も知らぬ小人」と呼ばれる存在であり、全人類の祖にあたります。

グウィンたちは王のソウルの力で古竜を打ち倒し、「火の時代」と呼ばれる神々の時代を築きました。

しかし火は永遠ではありません。

火がやがて衰えれば光の力を持つ神々は弱体化し、逆に闇の力を持つ人間が強くなっていきます。

それを恐れたグウィンは自らの身体を薪として「最初の火」にくべ、火を延命させました。

これが「火継ぎ」の始まりであり、以降、数多の強者が火継ぎを繰り返すことで世界は延命されてきたのです。

火が衰えてはまた継がれるという終わりなき繰り返し、これこそが「火と闇のサイクル」の正体です。

ダークソウル3は、このサイクルがいよいよ限界を迎えた時代を描いています。

「火の無い灰」の正体とは?薪の王との決定的な違い

ダークソウル3の主人公は「火の無い灰」と呼ばれる存在です。

ゲーム冒頭のナレーションでは「名もなき、呪われた不死人。

灰すら残らなかった者たち」と語られます。

一般的な考察では、火の無い灰とは過去に火継ぎに挑みながらも成功できず、完全に燃え尽きてしまった不死人の残骸だと解釈されています。

ここで重要なのが「薪の王」との違いです。

薪の王(Lord of Cinder)は火継ぎに成功し、燃え残ることができた存在を指します。

英語の「Cinder(燃えかす)」と「Ash(灰)」の対比がまさにこの関係性を表しており、燃え残りが薪の王、完全に燃え尽きた灰が主人公というわけです。

灰は本来であれば二度と蘇るはずのない存在ですが、火の衰えがあまりにも深刻化したために鐘が鳴り、最後の手段として蘇生させられました。

「灰は残り火を求める(Ash seeketh embers)」というゲーム全体を貫くフレーズは、主人公の本質を端的に示しています。

灰は自ら火を持たないがゆえに、火を求めて突き動かされる存在なのです。

舞台ロスリックはなぜ「遷ろいの大地」と呼ばれるのか

ダークソウル3の舞台となるロスリックは、オープニングで「薪の王たちの故郷が収斂する場所」と説明されます。

これは単なる一つの王国ではなく、火継ぎのサイクルが積み重なった結果、歴代の薪の王たちの故郷が時空を超えて一か所に集まってしまった異常な土地であることを意味しています。

ゲーム中に訪れる各エリアが地理的に不自然に隣接しているのも、異なる時代・異なる場所から流れ着いた大地が折り重なっているためと解釈できます。

火が衰えるたびに世界そのものが歪み、縮み、最終的にロスリックという一点に圧縮されていく。

この現象は、火と闇のサイクルが限界に達していることの証でもあるのです。

DLCの最終局面で目にする荒廃した砂漠の光景は、このまま火が完全に消えた場合の世界の末路を示唆しているともいえるでしょう。

5人の薪の王を考察する|それぞれの背景と火継ぎを拒んだ理由

深淵の監視者はなぜ集団で薪の王になれたのか

深淵の監視者は、別名「ファランの不死隊」として知られる不死人の戦士集団です。

通常、薪の王は一個人が火継ぎを成し遂げることで誕生しますが、深淵の監視者は例外的に集団として薪の王になりました。

その鍵を握るのが「狼血」です。

隊員全員が狼の血を分け合い、一つのソウルを共有しています。

フレーバーテキストには「血を分け誓った深淵の監視者たちの王の資格は、その狼血にこそあった」と明記されており、個人ではなく狼血そのものが薪の王としての資格を持っていたことがわかります。

狼血の源流は、初代ダークソウルに登場した深淵歩きのアルトリウスと大狼シフにまで遡ります。

監視者たちはアルトリウスの遺志を継ぎ、深淵の兆しがあれば一国すら葬り去るという苛烈な使命を帯びていました。

ボス戦で隊員同士が殺し合う光景は、深淵に飲まれかけた仲間を内部粛清する慣習の表れであり、彼ら自身もまた深淵の脅威から無縁ではなかったことを示しています。

巨人ヨームと罪の都を滅ぼした炎の謎

巨人ヨームは「罪の都」を治めた王であり、薪の王の一人です。

ヨームが薪の王になった動機は、他の王たちとは異なり極めて自己犠牲的なものでした。

罪の都では「罪の火」と呼ばれる異常な炎が発生しており、これを鎮めるためにヨームは人々から請われて薪の王になったとされています。

しかし結果として、ヨームが薪の王になった後に罪の都は空から生じた炎によって滅びるという皮肉な結末を迎えました。

鍛冶屋アンドレイが罪の種火を見て「暗すぎる。

深淵に近いものだ」と評していることから、罪の火は通常の火とは性質が異なり、深淵に関連した危険なものだったと推測できます。

守るべき人々を失ったヨームは大盾を捨て、大鉈一本で戦い続けたと伝えられています。

カタリナの騎士ジークバルトとの友情も重要な要素であり、ジークバルトがヨームとの古い約束を果たすためにボス戦に加勢してくれるイベントは、多くのプレイヤーの心に残る名場面として語り継がれています。

神喰らいエルドリッチが見た「深海の時代」とは何を意味するのか

エルドリッチは「神喰らい」の異名を持つ薪の王であり、本作の中でも特異な存在です。

元は聖職者でしたが、人肉を喰らうことに快楽を覚え、際限なく人を食べ続けた末に強大な力を手にしました。

あまりの力ゆえに本人の意志とは無関係に薪の王にされてしまったとされています。

注目すべきは、エルドリッチが火継ぎの際に見たビジョンです。

それは「深海の時代」と呼ばれる、火の時代とも闇の時代とも異なる新たな時代の到来でした。

復活後のエルドリッチはこのビジョンに突き動かされるように神を喰らうことを志し、暗月の神グウィンドリンを捕食するに至っています。

ボス戦でエルドリッチがグウィンドリンの半身を取り込んだ姿で登場するのは、まさにこの捕食の最中を表現したものです。

「深み」という概念は本来穏やかな場所でしたが、やがて忌まわしき存在の吹き溜まりとなったと記述されています。

深みが深淵と同一のものなのか、それとも別の存在なのかは考察上の大きな論点であり、後の章であらためて取り上げます。

王子ロスリックが火継ぎを拒否した本当の理由

双王子ロスリックとローリアンは、本作の物語において最も象徴的な薪の王です。

ロスリック王家は代々火継ぎの薪を生み出すための血統として維持されてきました。

つまりロスリックは生まれながらにして火継ぎを運命づけられた存在だったわけです。

にもかかわらず、王子ロスリックは火継ぎを拒否しました。

兄ローリアンとともに、遠くから火の衰えをただ見守ることを選んだのです。

この拒否の背景には、火継ぎというシステムそのものへの疑念があったと考えられています。

火を継いだところで永遠の延命にはならず、やがてまた衰えるだけの虚しいサイクルであるという認識が、ロスリック王家の内部では共有されていた可能性があります。

ロスリックの導師や賢者たちが天使信仰という異端思想に傾倒していた形跡があることも、王家が火継ぎとは別の道を模索していた証左といえるでしょう。

ロスリックの「もう終わりにしよう」という態度は、プレイヤー自身が選択するエンディングの一つである「火継ぎの終わり」と通底するテーマを持っています。

エンディング全種類の考察|火継ぎ・消火・簒奪が示す結末の意味

火を継ぐエンドはサイクルの延命にすぎないのか

「火を継ぐ」エンディングは、歴代のダークソウルシリーズにおいて最も正統的な選択肢です。

主人公は最後のボス「王たちの化身」を倒した後、最初の火の炉で火を継ぎ、新たな薪の王となります。

このエンディングを選ぶと、火は再び燃え上がり、火の時代がもう少しだけ延長されます。

しかし多くの考察が指摘しているように、これはあくまで延命措置にすぎません。

火はすでに何度も継がれてきた結果として著しく弱体化しており、もはやかつてのような輝きを取り戻すことは不可能だとされています。

実際、エンディングのムービーでは火が継がれた後の炎がどこか弱々しく描かれているように見えるという指摘もあります。

「王たちの化身」が歴代の火継ぎの成功者たちの集合体であることも示唆的です。

数えきれない犠牲の上に成り立つサイクルをさらに延命することの是非を、プレイヤー自身に問いかけているといえるでしょう。

火継ぎの終わりエンドで世界はどうなるのか

「火継ぎの終わり」エンディングは、火防女に特別なアイテム「火防女の瞳」を渡すことで分岐する結末です。

ラスボス撃破後に篝火の傍に現れる火防女の白サインを使うと、火防女が最初の火を手に取り、そのまま静かに消していきます。

世界は闇に包まれますが、火防女は「いつかまた小さな火が生まれる」と語ります。

このエンディングは一見すると「闇の時代」の到来に見えますが、考察ではそれとは異なる解釈が提示されています。

火防女の瞳が見せるのは「火の時代の終わり」であり、単なる闇の到来ではなく、火と闇のサイクルそのものの終焉を意味しているという見方が有力です。

つまり、新たな時代はもう「火の時代」でも「闇の時代」でもない、まったく別の秩序を持った世界になる可能性があるわけです。

なお、このエンディングには派生パターンが存在します。

火防女が火を消した直後に主人公が火防女を殺害するというもので、目的や意味が明確でない分、考察の意見が最も割れる結末として知られています。

火の簒奪者エンドが示す「第三の道」の可能性

「火の簒奪者」エンディングは、最も複雑な条件を満たす必要がある結末であり、考察の観点からも最も多くの議論を呼んでいます。

亡者の国ロンドールから来たヨエルにダークシグルを刻まれ、ユリアのイベントを完遂し、アストラのアンリとの結婚の儀式を経て、暗い穴を8つ所持した状態でラスボスを倒す。

すると、主人公は火を継ぐのではなく「奪い取る」ことで、亡者の王として世界に君臨します。

このエンディングが「第三の道」とされる理由は、火の時代(光の時代)でも闇の時代でもない、亡者が支配する新秩序を打ち立てるからです。

前作ダークソウル2において、学者アルディアが「光と闇のどちらでもない第三の選択」を示唆する発言をしており、火の簒奪者エンドはこの思想を最も直接的に実現した結末だと広く解釈されています。

ロンドールの黒教会の教義が「亡者こそ人間の真の姿」というものであることも、このエンディングの思想的背景を補強しています。

ただし、この道が本当に世界にとって救済なのかどうかは判然とせず、ユリアたちの目的が完全に善意に基づくものかどうかには疑問の余地が残されています。

シリーズの繋がりを考察|1の主人公やアノールロンドとの関係

初代ダークソウルの主人公はダークソウル3にどう関わっているのか

初代ダークソウルの主人公、いわゆる「選ばれた不死人」がダークソウル3の世界にどう繋がっているのかは、シリーズファンにとって最も気になるテーマの一つです。

直接的な登場こそありませんが、間接的な痕跡はゲーム中に複数確認できます。

もっとも重要なのは、初代の主人公が火継ぎを成し遂げた薪の王の一人であるという点です。

ラスボス「王たちの化身」は、歴代の火継ぎ成功者たちのソウルが集合した存在であり、戦闘中に初代の主人公を彷彿とさせる戦闘スタイルを見せることがあります。

特に第二形態でグウィンの剣技を使い、BGMにも初代のラストバトルのメロディが組み込まれている点は、火継ぎの起源と結末を同時に表現した演出だと考えられています。

また、ゲーム終盤に訪れることのできる隠しエリア「火の無い祭祀場」には、初代の主人公が残した可能性のある痕跡が点在しています。

初代で最も印象的だった「太陽の戦士ソラール」の装備がダークソウル3でも発見できることを含め、数え切れない時代の堆積がこの世界に刻まれているのです。

アノールロンドが再登場する意味と神々の衰退

ダークソウル3の中盤、冷たい谷のイルシールを抜けた先に姿を現すアノールロンドは、初代をプレイした者にとって衝撃的な再会です。

アノールロンドは初代ダークソウルにおいて太陽の光の王グウィンが治めた神々の都であり、黄金に輝く壮麗な城として記憶されています。

しかしダークソウル3で再訪したアノールロンドは、薄暗く寒々しい姿に変わり果てています。

かつての威光は完全に失われ、建物の内部には深みの聖堂の亡者やエルドリッチの配下が蔓延している有様です。

この変貌は、火の時代の衰退と神々の凋落を視覚的に表現したものだといえます。

グウィンが築いた秩序は火継ぎのサイクルが繰り返されるたびに摩耗し、もはや神々を崇拝する勢力すら力を失いつつあるのです。

アノールロンドが「同じ場所なのに全く異なる印象を与える」という演出は、時間の経過とシリーズの繋がりを一つの空間で体感させる手法として高く評価されています。

グウィンドリンの末路と法王サリヴァーンの暗躍

アノールロンドで起きた最大の悲劇が、暗月の神グウィンドリンの捕食です。

グウィンドリンはグウィンの末子であり、初代では幻影のグウィネヴィアを作り出してアノールロンドの威光を維持していた存在でした。

しかしダークソウル3の時代において、グウィンドリンは法王サリヴァーンによって捕らえられ、エルドリッチに喰わせるための供物にされています。

法王サリヴァーンは本作の物語における黒幕的存在として広く考察されています。

絵画世界の出身であるサリヴァーンは、罪の都で「罪の炎」を発見したことをきっかけに強大な力を得ました。

イルシールの実権を握り、冷たい谷のボルドや踊り子といった配下を操り、さらにはアノールロンドの実質的な支配権までも掌握するに至っています。

サリヴァーンの暗躍がなければエルドリッチによるグウィンドリンの捕食は起こらなかった可能性が高く、本編の事件の多くにサリヴァーンの影が見え隠れしているのです。

DLCの考察|アリアンデル絵画世界と輪の都が描くシリーズの結末

アリアンデル絵画世界の「腐れ」と焼却のサイクルとは

DLC第1弾「ASHES OF ARIANDEL」の舞台となるアリアンデル絵画世界は、本編の世界とは独立した「絵の中の世界」です。

初代ダークソウルに登場した「エレーミアス絵画世界」と同様の性質を持ち、外の世界に居場所のない存在たちの避難所として機能しています。

絵画世界には固有のルールがあります。

世界が古くなり腐り果てたら、火で焼いて浄化し、新たに描き直すというサイクルです。

本編の火継ぎのサイクルと似ていますが、絵画世界のサイクルはより明確に「破壊と創造」の意味合いを持っています。

ところがアリアンデル絵画世界では、修道女フリーデとアリアンデル教父がこの焼却を拒んでいます。

腐った世界をそのまま維持しようとするフリーデの姿は、火継ぎを拒んだ薪の王たちと重なる構図です。

プレイヤーがフリーデを倒すことで絵画世界にようやく火が持ち込まれ、焼却のサイクルが動き出すことになります。

輪の都の考察|グウィンが人間を封じた最果ての地の真実

DLC第2弾「THE RINGED CITY」で訪れる輪の都は、シリーズ全体の最終局面にふさわしい重大な舞台です。

輪の都は世界の最果て、時間の終端に位置する閉ざされた都市であり、グウィンがダークソウルを持つ小人の末裔、すなわち人間たちに与えた土地とされています。

しかしこの「下賜」は恩恵というよりも封印に近い行為だったと考察されています。

人間たちの持つ闇の力を恐れたグウィンは、彼らを世界の辺境に封じ込め、さらにグウィンの末娘フィリアノールの眠りによって都の時間そのものを止めていたのです。

フィリアノールを目覚めさせると、停止していた時間が一気に進み、世界は砂漠化した荒廃の果てに変わります。

この光景は、火が完全に消え去った後の世界の末路であり、すべてが灰と砂に還った終末の姿です。

輪の都が示しているのは、グウィンの秩序が人間に対する支配と抑圧の上に成り立っていたという事実であり、火の時代の「光」の裏にある暗い真実にほかなりません。

奴隷騎士ゲールが求めた「暗い魂の血」の意味

奴隷騎士ゲールは、ダークソウルシリーズの実質的な最終ボスであり、考察においても極めて重要な人物です。

ゲールはDLC第1弾で主人公を絵画世界に導いた人物でもあり、絵描きの少女のために「暗い魂の血」、すなわちダークソウルの残滓を探し求めていました。

新しい絵画世界を描くための顔料として、ダークソウルの血が必要だったのです。

ゲールは世界の終わりである砂漠にたどり着き、小人の王たちからダークソウルを回収しようとしましたが、長い時間の中でダークソウルは枯れ果てて使い物にならなくなっていました。

そこでゲールは小人たちの肉体ごとソウルを喰らい、自身をダークソウルの器にするという手段を選びます。

気の遠くなるような時間をかけてすべての人間性を取り込んだゲールは、もはや正気を失った怪物と化していました。

プレイヤーがゲールを倒して得た「暗い魂の血」こそが、新しい世界を描くための最後のピースとなるのです。

一介の奴隷騎士がシリーズ最後の敵になるという構図は、ダークソウルの物語が王や神ではなく、名もなき者たちの物語であったことを改めて示しています。

絵描きの少女が描く新たな世界「灰」はシリーズへの回答なのか

ゲールを倒した後、プレイヤーは「暗い魂の血」を絵描きの少女に渡すことができます。

少女はこの血を顔料として、新しい絵画世界を描き始めます。

新しい世界の名前は「灰」。

主人公である「火の無い灰」と同じ言葉が選ばれていることは、偶然ではないでしょう。

多くの考察において、この結末はシリーズ全体に対する一つの回答だと解釈されています。

火と闇のサイクルに縛られた旧い世界は終わりを迎え、その灰の中から新たな世界が描かれる。

これは本編のエンディングとは異なる次元で提示された、もう一つの「第三の道」ともいえます。

絵画世界は閉じた空間であるがゆえに外の世界のサイクルとは無関係に存在でき、腐れば焼いて描き直すという独自の再生のサイクルを持っています。

火の時代の終焉が避けられないのであれば、せめて新しい世界の種を残す。

ゲールの自己犠牲と少女の創造行為が生んだこの結末は、絶望の物語の中に一筋の希望を見出すものとして、シリーズの締めくくりにふさわしいと広く評価されています。

考察で議論が分かれる重要トピック

無名の王はなぜ古竜側についたのか

無名の王は、ダークソウル3の隠しボスにして本作最強との呼び声が高い存在です。

フレーバーテキストから、無名の王の正体がグウィン王の長男であることは確定しています。

しかし彼は父グウィンに叛き、かつて神々が滅ぼしたはずの古竜の側についたために名前を抹消され、歴史から完全に消されました。

なぜグウィンの長男が古竜側についたのかは、明確には語られていません。

有力な考察としては、長男が戦神として古竜と交わるうちにその在り方に共感を覚えたというものがあります。

古竜は岩のウロコによって不死であり、火の時代以前の「差異なき世界」の象徴です。

長男は火の時代の秩序、すなわち父グウィンが築いたシステムそのものに疑問を抱いた可能性があります。

嵐の竜を駆って登場するボス戦の演出は、神と竜の対立という最も古い構図を一人の中に統合した存在として、プレイヤーに強烈な印象を残しています。

ロンドールの黒教会とカアスの思想はどこが違うのか

亡者の国ロンドールを支配する黒教会は、初代ダークソウルに登場した原初の蛇カアスの思想的系譜に連なる組織です。

カアスは「闇の時代」の到来を望み、火継ぎを阻止して人間が支配する時代を実現しようとしていました。

黒教会もまた「亡者こそ人間の真の姿」という教義を掲げており、一見するとカアスの思想をそのまま受け継いでいるように見えます。

しかし両者の間には決定的な違いがあります。

ユリアが死に際に「カアス、私はあなたに背いた」と口にすることから、黒教会はカアスの路線を発展的に超えた独自の道を歩んでいることがわかります。

カアスが目指したのは単純な「闇の時代」でしたが、黒教会が目指すのは「火の簒奪」、つまり火を消すのではなく奪い取ることで、亡者の王が光と闇の両方を支配する新秩序の構築です。

これはダークソウル2のアルディアが言及した「光でも闇でもない第三の道」に最も近い立場であり、カアスの闇至上主義とは本質的に異なるビジョンだといえるでしょう。

「深み」と「深淵」は同じものなのか別のものなのか

ダークソウル3の考察において最も意見が分かれるテーマの一つが、「深み」と「深淵」の関係です。

深淵は初代ダークソウルで登場した概念であり、人間の祖であるマヌスの人間性が暴走したことで生まれた純粋な闇の空間です。

一方、深みは本作で新たに登場した概念であり、「本来は穏やかで神聖な場所だったが、やがて忌まわしきものの溜まり場になった」と説明されています。

両者を同一視する根拠としてよく挙げられるのが、深淵の監視者の武器が持つ特性です。

狼騎士の大剣やファランの大剣は「深淵の敵に対してボーナスダメージを与える」という効果を持ちますが、この効果がエルドリッチや深みの主教たちにも適用されます。

深みの存在に対して深淵用の武器が有効であるならば、両者は同根であると考えるのが自然です。

一方で、深みは深淵よりもさらに深い場所に存在する「闇のさらに奥」であるとする説もあります。

人間性が生み出した闇が深淵であるなら、深みとはその闇が長い年月をかけて沈殿・凝縮したものではないかという解釈です。

明確な結論は作中で示されておらず、今後も議論が続くテーマであることは間違いありません。

ダークソウル3の考察をさらに深めるための基礎知識

フレーバーテキストから世界観を読み解く方法

ダークソウルシリーズの考察が他のゲームと一線を画す理由の一つに、フレーバーテキストの存在があります。

武器、防具、指輪、消費アイテムなど、ゲーム中のほぼすべてのアイテムに固有の説明文が付与されており、物語のほとんどはこのテキストの中に断片として隠されています。

考察を始める際にまず意識すべきは、一つのテキストだけで結論を出さないことです。

例えば「深淵の監視者の防具」のテキストには不死隊の概要が書かれていますが、ファランの指輪、古老の指輪、流刑人の防具、幽鬼の防具など関連アイテムを横断的に読むことで初めて全体像が浮かび上がってきます。

テキストの読み解きで重要なのは「誰の視点で書かれているか」にも注意を払うことです。

ゲーム内のテキストは必ずしも客観的事実とは限らず、伝聞や誤解が含まれている場合もあります。

「~という」「~と伝えられている」といった表現がある場合、それは確定した事実ではなく、作中世界における一つの解釈にすぎない可能性があるのです。

過去作をプレイしていなくても考察を楽しめるポイント

ダークソウル3はシリーズ完結作であるため、初代や前作との繋がりが考察の大きな軸になっていますが、ダークソウル3単体でも十分に考察を楽しむことは可能です。

まず押さえるべきは、本編のストーリーラインそのものです。

5人の薪の王がなぜ玉座を離れたのか、それぞれの背景にどんな事情があったのかを追うだけでも、火継ぎというシステムの矛盾や残酷さが見えてきます。

次に注目すべきはNPCのイベントラインです。

ジークバルトとヨームの友情、ユリアと黒教会の陰謀、アンリの悲しい運命など、NPCの物語は本編の大きな物語を個人の視点から補完する役割を果たしています。

過去作の知識がなくても「なぜこのキャラクターはこの行動を取ったのか」を追いかけるだけで、世界の構造が自然と理解できるように設計されているのです。

もちろん、初代をプレイしていればアノールロンドの再訪や無名の王の正体にさらなる感慨を覚えることは確かですが、ダークソウル3は単独の作品としても完成された考察対象であるといえます。

エルデンリングとの世界観の共通点と公式見解の違い

フロム・ソフトウェアの後続作品であるエルデンリングとダークソウル3の関係は、しばしば話題に上がるテーマです。

宮崎英高ディレクターは、ダークソウルとエルデンリングはそれぞれ独立した世界であると明言しています。

つまり両者に直接的なストーリー上の繋がりは存在しません。

しかしながら、テーマやモチーフの類似性を指摘する声は少なくありません。

火の時代の終焉と黄金律の崩壊、サイクルの打破を求める主人公の旅路、神々の秩序に対する疑義といった構造的な共通点は、フロム・ソフトウェア作品に通底する思想として捉えるべきでしょう。

一部のメディアでは、エルデンリングの新作「Nightreign」にダークソウル3との接点を感じさせる要素があるという指摘も出ていますが、あくまでファンの考察の範囲に留まります。

ダークソウル3の考察を深めた上でエルデンリングに触れると、フロム・ソフトウェアが繰り返し描いてきた「終焉と再生」のテーマがより鮮明に感じられるはずです。

まとめ:ダークソウル3考察の要点を振り返る

  • 世界の根幹は「最初の火」の発見に始まる火と闇のサイクルであり、ダークソウル3はそのサイクルが限界を迎えた時代を描いている
  • 主人公「火の無い灰」は火継ぎに失敗して完全に燃え尽きた不死人の残骸であり、薪の王とは「燃え残ったか否か」で明確に区別される
  • 5人の薪の王はそれぞれ異なる理由で火継ぎを拒否しており、各人の背景がサイクルの矛盾を多角的に浮き彫りにしている
  • エンディングは「火を継ぐ」「火継ぎの終わり」「火の簒奪者」の3種に大別され、特に火の簒奪者エンドが「第三の道」として注目されている
  • 初代ダークソウルの主人公は「王たちの化身」の中に集合体として存在しており、ラストバトルでグウィンの剣技が再現される演出にシリーズの繋がりが凝縮されている
  • アノールロンドの荒廃した再登場は神々の時代の終焉を象徴しており、法王サリヴァーンの暗躍が多くの事件の引き金となっている
  • DLC「輪の都」はグウィンが人間を封じた最果ての地であり、フィリアノールの覚醒が世界の終末を露わにする
  • 奴隷騎士ゲールの自己犠牲によって「暗い魂の血」が回収され、絵描きの少女が新たな絵画世界「灰」を描くことがシリーズの物語的結末となっている
  • 「深み」と「深淵」の関係や無名の王の動機など、現在もコミュニティで議論が続くテーマが複数存在する
  • フレーバーテキストの横断的な読み解きが考察の基本であり、過去作未プレイでもNPCイベントの追跡から世界観を理解することは十分に可能である
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